南三陸の観光が作るのは町民の笑顔 ー 秘めたる町の可能性

学生ライターの小泉です。

第3弾は、新規プロジェクトの「未来へ繋ぐ学びのツーリズム」でパートナーを務める一般社団法人南三陸町観光協会(以下、観光協会)の及川和人さんにお話を伺いました。

観光協会は、町の資源や特性を生かした観光プログラムを通じて、町の魅力を多くの人々に伝えています。語り部ツアーからサイクリングツアーなど、個人から団体向けまで幅広いプログラムを運営しています。起業家受け入れを担当する彼は、ツーリズムのプロジェクトを通してどんな町のビジョンを描いているのでしょうか。

 

【どうにかしてこの町から離れたかった】

震災前から現在に至るまで、観光協会に勤める和人さん。大学進学を機に県外へ居を移した彼だが、どんなきっかけが彼をこの町へ舞い戻らせたのだろうか。

「観光協会が法人格を取得するに当たって、旅行業取扱の資格を持つ人材を募集していました。以前から観光には関心があって、自分はその資格を持っていたんです。当時は、何とか理由をつけてでも、田舎に戻らないで都会に行く人が多く、私もそれを望む1人でした。けれど自分は長男で、田舎では長男が家を継ぐというのが一般的でしたし、観光系の仕事が町にもあるならと思い、諦め半分で田舎に戻ってきたという感じです。」

 

― 故郷の南三陸町へ戻り観光協会の仕事をしていた彼を、あの地震が襲う。地震発生時、彼は観光協会の事務所で勤務に当たっていた。

 

【混迷の中、観光協会は再び立ち上がった】

震災直後、彼の目の前に広がっていたのは瓦礫で覆われた町。
「この町で観光業が再開されるのは、何十年も先になるだろう」そう思っていたという和人さん。そんな彼を含め、観光協会では多くの人が解雇され、1人残ったスタッフが残務処理の業務に当たっていた。

「解雇された後、国からの日当が出る瓦礫撤去をしていました。その時に突然、電話が鳴ったんです。観光協会からでした。町の復興のために「福興市」や「語り部」の活動をスタートするということで、その事務局をする役割としてもう一度、観光協会は立ち上がりました。震災発生から2ヶ月後ほどのことです。」

仮設の建物内に置かれた1つの長テーブル。たった4人で業務に当たった。インフラの復旧もままならない当時、過酷な仕事を終えた彼を待つのは真っ暗な家。まさに混迷の中、前代未聞のプロジェクトに取り組む日々に、「瓦礫撤去の方が良かった」と当初は後悔の念を募らせていたという。

 

― そんな中で彼を救ったのは、町の人の声だった。

 

「先が見通せない混沌とした日々に追われる中、漁業体験のプログラムをやりたいと相談にきた漁師さんがいました。海のものが全て津波にさらわれ、いつまた養殖業ができるのか、いつまた収入が入ってくるか分からない。そんな状況の漁師さんが、まさかではありますが、観光協会に来てくれたんです。以前から民泊プログラムに関わっていたお母さん方も、いつでも再開できる体制を整えて待っていると伝えてくれました。」

 

「福興市」や「語り部」プログラムを早々に始動したり、観光協会に声をかけてきたのは、以前から観光協会のプログラムで活動してくれていた人々だった。イベント運営やボランティアガイドなど、形は変われどやっていることは変わらない。震災以前からプログラムに関わり実績を積んでいた彼らの行動は、観光協会の背中を押した。

 

何十年も先だと思われた南三陸町の観光再開は、震災発生からたったの2ヶ月後に果たされた。これを実現させたのは他でもない、町の人々の観光へかける熱い想いだ。

そして、先が見通せない混迷の中で、彼らが想いを伝えた先が観光協会だった。観光協会が、南三陸町の観光を通じたまちづくりにとっていかに大きな存在感かが伺える。

 

【変化し続ける観光協会】

南三陸町の観光協会は、新たな取り組みへの挑戦を積み重ね続けている。生態系の保全に配慮した林業を学ぶプログラムや、無農薬栽培に取り組む農家の手伝いをするプログラムなど、以前にはない視点のプログラムも進行中だ。

 

「震災翌年に東京から来た若者が観光協会に入り、広報を担当しました。のちに南三陸を代表するキャラクターを作成、今では地域内で独り立ちをしています。それをきっかけに、外から来る人への見方が変わりました。震災直後この町へやって来た人の中には、補助金目当ての人もいたりして、外から来る人に対して疑心暗鬼になっていたところもあったんですけど。優秀で良心のある人たちに巡り合ったから、今の観光協会があります。協会の会長も外の人に来て働いて欲しいと言っていますし、全然保守的な体制ではないですね。」

 

南三陸町の観光協会は若い職員が多い。彼ら若者たちは、町外に出ていっていたかもしれないこの町の貴重な存在だ。未開拓のプログラムにも積極的に取り組む姿勢が、変化を求める若者の心を掴んでいる。

 

【この町にもっと人を】

観光協会がNCL南三陸の取り組みに参入したきっかけとは何だったのだろう。南三陸町が抱える課題あるいはビジョンとは。

 

「今は仙台市や首都圏から来る中高生の野外活動や修学旅行の受け入れが多いですね。5月と10月がピークですが、その時期にこれ以上利用者数を伸ばすことは、こちらのキャパシティーの関係で難しいというのが実情です。これら既存のターゲットがこの町を訪れる時期が動くことはないので、通年で町の交流人口を伸ばしていくためには、他の時期でも提供できるコンテンツや新たなターゲットを開拓していくことが必要です。」

 

「既存のプログラムにもアカデミックなものはありますが、町の交流人口を伸ばすために、もうひと路線欲しいというのが協会だけでなく町の想いです。これまで以上に専門性の高いプログラムを提供したいですね。スーパーサイエンスハイスクールに通う高校生や大学のゼミ生を対象に、この町の循環型社会形成に向けた取り組みを生かした学びを作り上げたいです。」

 

数字上の観光客数は伸びているが、それを実感できていない町の人も多くいるのが現実。観光業としての成果を上げるためには、通過型から滞在型へシフトさせ宿泊者を増やすこと、または域内で周遊させて滞在時間を伸ばすことが重要だ。中高大学生であれば、感受性が高く、またリピーターとして長くこの地域に関わってくれる可能性が高い。質の高い学びを提供することによって、ターゲットの心をつかむことが求められる。

 

「この町には、どう活用したらいいのかと困ってしまうほどに、観光に使えそうな資源が多く眠っています。新しいプログラムを作るには、それらの魅力と潜在的なニーズを結びつけることが必要なんですが、中々それが実現できていません。豊富にある資源をどう結び付け、どう見せて、どうやって必要とされるところに届けていくのか。それを考え抜いて実現する力を、観光協会で更に伸ばしていきたいところですね。ここに来てくれる起業家さんにも期待するところです。」

 

南三陸町の魅力発信は国内に留まらない。震災以降交流の深い台湾からの訪問者は増加傾向にあるが、近年は台湾でも少子化が進行、環境問題や食の安全について意識も高まっており、その対策について先進地である南三陸で学ぶことはできないかという問い合わせが大学教授などからあるという。

この町の観光業が飛躍する下地は十二分だ。後はこの町の魅力ある資源をどう活かし、新たな観光を生み出すかが要となる。

 

 

【帰って来てよかった】

「震災時にこの町にいたことで、この町の復興と関わることができています。あの時ここにいなかったらどうしていたかわからない。」

当時、町が復興に向けて邁進する中で、観光へは大きな期待が寄せられた。観光でこの町をなんとかする。そのことが自分のミッションであったと語ってくれた。

あれから7年。今年の春には三陸道が開通し、復興の象徴として開設された商店街は1周年を迎えた。町には、震災直後は想像すらできなかった景色が広がっている。町の再建が進むとともに、当初は彼の中にあった活動への義務感は軽減されてきている。

 

― いま、彼はどんな想いで南三陸町の観光に携わっているのだろうか。

 

「私に限らずこの町には、やらなきゃいけないという義務感から、やりたいという主体的な姿勢になった人がたくさんいます。そんな彼らのやりがいになるようなものを作り上げて1つの形にしていくのが面白いですね。」

「新たな町の人の参画を目指しています。今は関わっていない人も、その人が得意とするコンテンツさえ作れば主体的に参画してくれる。そうすれば、ツーリズムを通してやりがいや生きがい、楽しさを感じてもらえる。それがこの町ならではの価値につながっていく。」

 

南三陸町では既に、観光への主体的な関わりの芽が見られている。ある漁師たちは、わざわざ声をかけずとも、自主的にこの町の観光プログラムに参画している。彼らの楽しそうな姿を思い浮かべながら、「そういった町民の観光との関わりが理想の形。きっかけは何であれ自主的に参画して楽しんでもらえるような流れを生み出したい。」と語ってくれた。

 

【心の中心にはいつも町の人がいる】

観光を通したまちづくり。頻繁に聞く言葉ではあるが、南三陸町では、観光でどんなまちづくりが目指されているのだろうか。

「私たちにとっては、ツアー参加者を迎え入れる町民のためにどんな交流事業を作っていくかがとても大切で。この町に生まれ、この町で生きていく人たちに、この町で住むことの意味を作り出したいですね。この町で住むことを楽しめる人の数が増えたり、その楽しさに深みを与えたいです。」

 

― この町にある、おもしろい要素は数えきれない。その魅力を掘り下げ、それらと町の人とを結び付けることで、町の人の生きがいを生み出す。それが南三陸町の観光協会が目指すところである。

 

各地域の誇りとなるプログラムを新たに生み出すことで、地域同士が切磋琢磨しながら町全体の観光を磨き上げていくことが期待される。

 

【応募者へメッセージ】

「せっかく来たからには自由に、その人のやり方でやってほしいですね。観光協会が持っている繋がりやデータを利用しながら、自分のやりたいことにチャレンジして欲しいです。私たちはもちろん応援しますし、一緒になってプロジェクトを作り上げていきます。」

 

― この町には溢れんばかりの魅力が隠れている。その魅力をいかに輝かせ、外のニーズと組み合わせるかが成功の鍵だ。豊富な人脈と観光への熱い想いを持った観光協会とタッグを組んで、この町に新たな人の流れを生み出そう。

 

 

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(文=小泉晴香。学生ライター。青森県出身。宇都宮大学国際学部に所属し国際社会学を専攻。昨年夏には復興庁が主催する復興・創生インターンで南三陸町に1か月間滞在。きれいな自然や人の優しさ、まちづくりに向け尽力する人たちと出会いこの町に魅了された者の1人。)

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